差し引き

2007年11月17日 日々の戯言
一生のうちの幸運には総量が決まっていないのではないかと思うのよね。どこかで幸運に助けられたら、別のどこかでその分の不運を支払っているってやつ。

こんな話は高尚な先人達がもっと立派な理論をもって説いてくれているだろうけれど、自分の身を持って体験すると、理屈じゃないそこにある事実と認識せざる負えない。


取り返しの着かないはずのミスをしたのに大きな障害に繋がらなかったのは幸運。

どれだけパックを買ってもゴミ掃除にしかならないのは不運。
何年も続く仕事場での負い目をたかが四千円程度で穴埋めが出来るならば易いものよ。


失敗が大事にならなかった事は運がよかっただけで、やってしまったことを反省し二度とやらないようにする。

引き運がないのは何処の皺寄せの消化で、次の幸運への充電期間なのだと思うことにする。

そう考えれば、運というものは前向きに活きるための要素の一つなのかな

なんて稀にまじめな事を書いてみた

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